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2013.03.08 (Fri)

家族の覚悟。

二度目の手術、延期。の続き

延期を告げられ、気の抜けたようになった私達大人とは関係なく、まおは元気に病棟の談話室で遊んでいました。
特定疾患受給者証があったので、手術代や入院費は一定額で済みます。それは大変にありがたいことでした。
ですが、見えないお金がどんどんかかりました。
関東から東保先生の評判を聞いて手術をしに来阪していたご家族は、病院から離れたウィークリーマンションを借りておられました。患者さんである小さな女の子とお母さん、その女の子の妹はまだほんとに小さくて、おばあちゃまも一緒に来られていました。
知らない街で病院とマンションの往復、妹さんのお世話、女の子のケア、どれほどご家族は大変だったでしょう。

車で30分程度の我が家でさえ、その見えない費用には困窮しました。
付き添いの家族は、入院患者と同じ食事を頼めるのですが、これにも費用がかかります。私は途中から頼むのをやめて、自分でカップラーメンやパンを買って食べるようにしました。
ですが、慣れない食事に3日もすると喉を通らなくなり、4日目には食べても全部もどすようになってしまいました。
その時から何年も、カップラーメンを食べる事が出来なくなりました。

車を置いておく場所がないので、一旦帰宅するにはタクシーです。
仕事もほとんど出来ず、個室しか空いてなかったのでベッドの差額や、内科や小児科、よその病院に行くためのタクシー代や診察代、まおの食べたいものや本、パジャマや電話代…。

こうして書いていると、一つ一つは小さな金額でした。でも当時は、どんなに費用がかかってもまおを治したいという気持ちと、どんどんなくなっていくお金に、言い様のない不安が私の心を占めていました。

その中で、尼崎でもやもや病家族会の勉強会がありました。東保先生の講演だったので、私は出かけました。
もやもや病についての説明が終わり、質疑応答になった時、大柄でまだ若く見える男性が手を挙げました。

「私の孫がですね、明日手術をしてもらうんです。東保先生のとこでです。
それで、あのぅ…私、こういう病気に孫がなったことが信じられないんです。
先生、孫は治りますか!何もわからんのです。治りますか。それが知りたいんです。手術したら、治りますよね?」

このおじいちゃまの必死の言葉に、私達受講者は胸を詰まらせました。
誰でも、病気をしたら薬を飲んで、それでもダメなら手術をして、そしたら大抵のことは治ると、今まで思って生きてきました。 
難病は、治らないから難病なんです。
じゃあ何のために手術をするの?
もやもや病に関して、素人なりにかなり勉強していた家族ですら答えが見つからないのです。
入院・手術の段になってから息子さん夫婦に告げられた孫の病を、おじいちゃまが受け入れられないのは当然でした。

私達は息を呑みました。
東保先生は何とおっしゃるのだろう。

「おじいさん。完治するかどうか、という事の答えであれば、それは完治しません。」

東保先生は、そう告げました。
おじいちゃまの方を、私は見ることが出来ませんでした。

「例えば、事故にあったとします。命も危ぶまれましたが、腕を切断することで何とか助かりました。
入院して、身体も元気になりました。それは、おじいさん、完全に治ったと思われますか」

「腕が…治ってません」

「そうですね。その人は腕を失ってしまった。治ったかと聞かれたらそれは治ってない。
じゃあ、義手をつけてリハビリをして、自分のしたい事やしなきゃいかん事があらかた出来るようになるまでになったとします。
治りましたか、治ってませんか」

この時、おじいちゃまだけでなく、勉強会に来た誰もが考え込んでしまいました。
腕のある状態から考えれば、義手でほとんどの事が出来るようになったからと言って、治ったとは言えない。
では、治るとはどういうことなのか。

東保先生は続けました。

「確かに腕は失くした。しかしその人は義手を使い、新しい生き方を掴んだ。
それを、腕がないから治っていない、完治していないと言うのであれば、その義手はその人にとってなんだったのか。」

「完治はしないかもしれない。しかし手術をしてその代わりとなるものが出来たならば、もやもや病で言えば新しい脳血管ですね、そこから歩き出せばいい。完治という言葉にこだわる必要はない。」

この時のことを思い出すと、私は今も涙がこぼれます。
覚悟をして生きていかなくてはならない。患者本人も、家族も。
その覚悟は出来ているのか。
娘を手術するその医師本人に、そう聞かれたように思いました。

おじいちゃまのお孫さんは、まおの隣の隣の病室にいました。
このご家族も、遠くから来られていました。
このご家族とは、いまだに年賀状で近況を知らせ合っています。

まおの手術は、3週間後に行われました。

続きます。
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