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2012.12.20 (Thu)

気付きたくなかった。

つかの間の学校。の続き

平成14年秋。
11月に決まっていた2度目の手術は、1度目の手術とは反対側の開頭になる段取りでした。
もやもや病では、右と左の手術をするのが一般的です。

その頃、私には気になることがありました。

まおの集中力が、著しく落ちているのです。学校のかきかたプリントをしていても、平仮名を2つか3つ書くとそのまま、鉛筆が動きません。
目はプリントを見ているのですが、ぼんやりしているようでした。
「やりなさい」
と声をかけると、
「はっ!」
と気づいたような顔をして、またプリントに向かいます。けれど、また数文字書いたらぼんやり。
(書き取りがつまらないのかな)
そう思った私は、
「プリント終わったら、折り紙しようか」
と水をむけます。
「あっ!やろうやろう!」
まおは張り切ってプリントに向かい直りますが、またぼんやり…。
やってしまえば5分で終われる宿題が、30分かかることもざらでした。
(なぜだろう……)

もうひとつ、失禁もありました。
何かに夢中になっていておもらしというよりも、何もしていなくても出てしまいます。
問題なのは、自分が排尿したことに気づかないことでした。
「まお、スカート濡れてる!」
「えっ?ほんまや!」
「我慢してたん?」
「ううん、トイレなんかしたくなかったよ」
小学1年生で、ありえない事でした。

その頃には、私はもやもや病についてかなり勉強していたと思います。
前頭葉の血流が不足していると、集中力が低下したり、排泄の感覚が弱くなります。

『手術しなくてはならないのは、左側頭部ではなく、前頭部ではないか』

『1度目の手術が終わった後のMRIでは、前頭葉部分の血流についての話がなかった。ということは、もやもや病が進行しているのではないか』

背筋が寒くなる感覚に襲われながらも、なぜか誰にも言えませんでした。

その事に気づいてからすぐ、もやもや病の患者と家族の会の勉強会があり、参加しました。
講師は、当時国立循環器病センターの脳神経外科医で、もやもや病の権威でもある永田医師でした。
普段は、大勢の前で発言するのが苦手なほうの私ですが、そんな事は言ってられません。
質疑応答の時間になり、私はすぐに挙手しました。

まおの状態と私の予測を話しましたが、その予測は的中していました。
「よく担当医と相談されたほうがいいですね」
永田医師はもちろんのこと、家族会の方々からもそう言われました。

東保医師にもその話しをして、秋の手術のための検査で、開頭の場所を精査しようということになりました。

まおは相変わらず、宿題を前に鉛筆が動きません。
勉強の時だけでなく、遊んでいても、人形をもったままぼーっとしていたり、「なにもしていない」時が多く見られました。
まおが悪いわけではないのに、
「しっかりしてよ、まお!」
「ぼんやりなんてしないで!」
と叫びたくなる自分を制するのに必死でした。
あんなに大きな手術をしてまだ数カ月しかたってないのに、進行してるかもって、なんなん?
まお、ふざけてるだけなんやろ?
ホントは何でも、さっさと出来るんやろ?
いつまでもぼんやりの真似してないで、ママを安心させてよ!

当時のノートには、そんな母親のエゴでしかない言葉が羅列しています。
嘘だと言って欲しい、誰かにぶちまけたい、でも誰にも心配されたくない。
これは間違いなんやから。
話してしまったら、認めてしまうことになる。
進行なんて、嘘に決まってる。

愚かな母親の私は、この時点でまだ主人にも自分達の両親にも、話せずにいました。
誰にも、何も話せないまま、まおが2度目の入院をする日になりました。


続きます。
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