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2012.11.15 (Thu)

つかの間の学校。

退院まで。の続き。


平成14年8月28日に退院したまお。
1週間もしたら、学校に行きたいと言い出したまおを自転車の後ろに乗せ、送迎しました。
ピアノもまた行きだし、お友だちとも下校後に約束をして遊ぶようにもなりました。

頭に巻いたバンダナも、汗をかいて傷口が不潔にならないように1日に2回、私が学校の休憩時間に合わせて教室までまおを呼びに行き、トイレで取り替えました。
勉強もそれほど遅れもなく、体育はお休みしていましたが、それ以外は概ね順調な学校生活を送っていました。

ただ、問題がなかった訳でもありません。
脳血管のバイパス手術をしたので、急激に脳血流がよくなり過ぎたために、今までとは違う発作がありました。
不随意運動といって、自分の意志と関係なく、手足がばたん、ばたんと動くことがありました。
背中を自分でかこうとして、後ろに回した手が弾かれたように全然違うところを叩きます。
電話のプッシュボタンを73と押そうとしても、まるで肘をぽんっと叩かれたように手がはねて、72と押したりボタンのないところを押してしまったりします。
まおは、自分の思っている事と動きが一致しないことに恐怖を感じるのか、不随意運動が出た時にはとても不安そうでした。
鼻血もよく出ました。
不随意運動や鼻血が脱力発作を起こす訳でもないのですが、突然のことにびっくりした本人が浅い呼吸になり、結果的に脱力発作を起こす時もありました。

発作を繰り返すことは、もやもや病にとって大変危険な事です。
それを防ぐためには、泣かせたり深呼吸などすることをやめさせなくてはいけませんでした。
「手とか足が、急にバタンバタンって勝手に動くのは、頭の中に血がいっぱい回ってきた証拠なんやで」
「鼻血が出ても大丈夫よ」
何度もまおに説明し、驚いたり慌てたりしないように教えました。

血が少しでも流れやすくするように、食事も気をつけました。
お茶は麦茶がいいそうです。
玉ねぎや青魚なども、血液サラサラ効果があるそうです。
まおは鯖やさんまなどもよく食べました。
ツルムラサキやほうれん草も。

転んだりして泣いた時には、傷口を見るより何より、まず泣き止ませることが最優先でした。
それでも、小学1年生です。
学校からもらったプリントを渡さなかったり、約束を守らなかったり、叱ることは毎日山ほどありました。
時々は、泣かせてでも叱りました。
当時は泣くと必ず発作が出ましたので、気が気ではないのですが、いいよいいよと甘やかすことはできませんでした。

私が叱ると、私やパパの両親はまおをかばいました。おじいちゃんやおばあちゃんにしてみれば、それでなくても大きな手術に耐えた可愛い孫なのです。
「ママに怒られたの、かわいそうに」
と何度も言われました。
けれど、まおにとってはそれが良かったのかもしれません。
私に怒られても、家の中ではパパが、近くには両方のおじいちゃんやおばあちゃんがいて、慰めてくれました。


抱きしめると、まおは蝉のように私の身体に手足を巻き付け、まるで私の身体の一部になったかのようでした。
伸びかけの坊主頭が不憫で、小さな体が不憫で、いつまでも取れない点滴の注射跡が不憫で・・・

まおちゃん、ママのお腹にもどっておいで。
そしたらママと、一度遠くに行って、それからまたママが生まれてきたらその時には、まおを健康に生み直せるよ。

私だけが、前に向かって歩けない。

2回目の手術は、すぐにやってきました。


続きます。
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17:07  |  もやもや病。  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.11.02 (Fri)

退院まで。

手術当日。の続き。


開腹手術と違い、脳手術の回復力には目を見張るものがありました。
ぐずりながら迎えた手術の翌朝、まおはパチリと目を開けて、私やパパと機嫌よくお喋り。
お昼前には、ドレーンや導尿管を外してICUから病室へ戻りました。

顔がむくみ、目が腫れたようになって視野が狭くなったのか、まおはしきりに目が見えにくいと訴えます。
脳の後ろ側の血管が詰まると、視野狭窄に襲われることを学んでいた私は、気が気じゃありませんでした。
何度もナースコールを押す私に、看護士さんと東保先生は何度でも付き合ってくれました。
「目が腫れているので、見えにくいだけです。大丈夫、今からよくなる。」
東保先生が大丈夫、と言って下さる度に心の底から安心し、また数時間後にはやはりどうにかなったのではないかと、ナースコールを押すのでした。

まおは、と言えば、夕方からはヨーグルトなどを食べ、終始ゴキゲン。
夜ご飯は出されたおかずを少しづつ食べ、おかゆをたっぷり食べて、しばらく私とお喋りすると、眠ってしまいました。

頭には大きなガーゼ、まだらに剃られた頭、ついたままの消毒液。
こんなに難しく大きな手術を終えたばかりなのに、この朗らかでたくましい回復は何だろう。
まおの生命力の強さに、私は励まされました。

それとは裏腹に、私は、極度の緊張とストレスからなかなか開放されず、この日の夜には自分の呼吸の音すらわずらわしく、涙をぽろぽろとこぼしながら、病室の中をぐるぐると歩き続けていました。
個室で本当によかったです。
目の前で眠るまお。
手術室から出てきた時のまお。
入院する前までの、くりくり巻き毛のまお。
巻き戻し出来ない現実を受け止められず、また早送りできない明日を見ることが出来ず、頭の中を目まぐるしく駆ける様々なシーンに、正気を保つことに必死でした。


翌日のお昼過ぎ。
「トイレ!」
部屋に持ち込んだポータブルトイレに座らせようとすると、まおは
「これ、なーんかしにくいなあ…。まお、トイレまで歩いて行くわ」
「ええー、危ないわ!まお、一昨日手術したばっかりやのに!」
「東保先生に、トイレ行っていいか聞いてよー」

しぶしぶナースステーションまで行き看護士さんに聞くと、どっと笑いが起きました。
「さすがまおちゃんやわ!すごい!」
「お手伝いしますから、お母さん。トイレ行きましょ!」
移動用の点滴棒を引っ張り、看護士さんに支えられながらも、まおはニコニコしながら病室のすぐ前にある病棟のトイレまで歩きました。
廊下で出会う入院患者さん達が、
「あらまおちゃん、えらいえらい」
「元気なもんやわー」
と褒めてくれます。
その日から、まおはみるみる元気になりました。
抜糸はさすがに痛がりましたが、
「頑張ったなあ」
と声をかけて下さった東保先生に、にんまり笑顔を返していました。

退院の前日、まおが
「ピアノ、お休みしたままや」
とふとつぶやきました。
幼稚園の年少から始めたピアノは、まおの大好きな習い事でした。
手術後の回復がどれくらいかわからなかったので、8月・9月はお休みします、とピアノの先生には話していました。そのことをまおに言うと
「明日、退院するから、9月からまたピアノ行きたいなあ」
「大丈夫なん?まあ、一応聞いてみるわ」
「先生、来ていいよって言うわ。練習せなあかんわー」

平成14年8月28日。
たくさん揃えたバンダナの中から、お気に入りの1枚を選びました。
対角線に折って三角にし、底辺を前髪の生え際に添わせて両端の2辺を後ろに回し、ぼんのくぼあたりで縛ります。
残りの三角の頂点を縛り目に巻き込むと、頭を包み込む帽子のようになります。
久しぶりに洋服を着て、まおは退院しました。
雨の降る、蒸し暑い夏の終わりでした。

続きます。
15:33  |  もやもや病。  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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