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2011.11.08 (Tue)

悲しい一日。

《疑う勇気》
《病を知る。》の続き


1ヶ月後に兵庫医大で精密検査を予約したものの、不安でたまらない私は、2時間以上もパソコンの前に座って「もやもや病」について調べました。

そこで随所に出てきた名前が、
兵庫県池田市・東保脳神経外科

院長・東保 肇

もやもや病の権威?池田市ってすぐそこやん。

ホームページを開くと、当時ベッド数が19床の、ごく小さな個人病院でした。
相談・問い合わせフォームをクリックすると、メール画面になります。
全く今まで関わりのなかった相手に向かって、メールを出すなんて…
日頃インターネットには縁のなかった私は、それでもポツポツと文字キーを打ちました。相談というよりも、文字にする事で自分の頭を整理しようという気持ちで、最初の発作から今日医大で精密検査を勧められた事までを、出来るだけ正確に書きました。そして読み直すことなく送信しました。

夜になり、再びパソコンに向かった私が目にしたのは、新着メールがある事を示す、チカチカと点灯をくりかえす受信トレイでした。
返信は東保医師でした。

「聞く範囲で言うと、もやもや病である可能性を強く疑います。ゴールデンウイークの間は医院はお休みですが、お話をする時間は取れますので、よければお越し下さい」

もやもや病を強く疑う…


眠れない夜を過ごし、朝一番に東保脳神経外科に予約の電話を入れました。泊まりの仕事から戻った主人にこの事を話し、
「ゴールデンウイーク明けに予約入れた」
と言うと、
「俺、その日はどうしても休まれへんわ」
申し訳なさそうに呟きます。
「いいよ、私だけで」

こうして、東保脳神経外科へ行く日がやってきました。

前日に主人と、病院の場所を確認するために車で行ってみたのですが、駐車場が狭くて
「これはオマエには(駐車は)難しいわ。タクシーでこなあかんわ」と主人に言われたのです。

小さな病院は、すごく混んでいました。予約をしたものの、何時間待たされることか…
げんなりしていると、案外すぐに呼ばれました。


診察室に入ると、白衣を着た東保医師がいました。顔立ちは優しいのですが、厳しい目をしています。手元には、私の送ったメールをプリントアウトしたもの。
まおはなにも臆さずに、ニコニコしています。東保医師は、まおに
「学校楽しい?」
「頭が痛くなったりしない?」
と質問されました。

「詳しく検査をしましょう。」

脳波、MRI、MRA…
まだまだ小さなまおが、検査室に入っていくのを見送りながら、私の胸は潰れそうでした。



「結果から言いますね。娘さんは、もやもや病です」



診察室の中、色を無くしたようにぐらりと揺れました。

「鼻が詰まりやすくなっています。鼻が詰まると口で呼吸することになり、呼吸が浅くなる。すなわち呼吸が早くなり、発作を誘発します。耳鼻科で、まず鼻を治して下さい」

淡々と話す東保医師。

「鼻、治すって…?」

思考のピントが合わない私を、東保医師は厳しい目で見ます。
その目は確かに厳しいけれど、強い芯を感じました。優しさはない、でもこの強さが後々私を信頼へと導いてくれました。

「お母さん、帰る時に全ての資料を預けます。今日の検査結果も渡します。それを持って、自分が思う病院に行って来て下さい。お母さんが自分で、信頼出来る病院を探して、ここで娘さんの手術をしたいと思えるところを見つけて下さい」

「あの、ここでは…」

「もちろん、お母さんが最終的にうちで手術したいと言われたら、私が責任持ってします。でもねお母さん、この病気は親が勉強しなあかん。もやもや病を理解しなあかん。泣いてるだけじゃ問題は解決しない。」

・・・・

こぼれ落ちそうな涙が、凍りつきそうでした。
私が病気のこと勉強するん?
医者でもないのに、私が勉強したところでどうするん?!
資料渡すから病院回ってこいって、見放すってこと?!

今では「セカンドオピニオン」という患者側の立場にたった言葉もありますが、当時の私にとっては初めての事で、沸き上がる不安と焦りで身体の震えを止めることが出来ませんでした。

返事も出来ずに茫然とする私を、看護士さんが優しくうながしてくれ、診察室をあとにしました。
まおは読みかけの本を出して来て、待合室でまた読み出しました。

これからどうしよう・・・


会計を済ませる時、大きなMRIやMRAの写真や脳波のデータ、見分書などを渡されました。

ほんまに、どうしよう・・・・

一緒に「特定疾患受給者証手続きに関して」というプリントももらいました。
頭の中が、真っ白でした。受付の隣にあるタクシー呼出し専用電話でタクシーを呼び、かさばって持ちにくい書類を抱えて反対の手で、まおの手をひきながら外へ出ました。

タクシーはまだ来てません。

「まおちゃん。」

「なにー」

「まおちゃん、泣いたりしたらフラフラしたりしてたやんか。」

「うん。学校でもなったで」

「そうやろ。それでさ、さっきの先生、とうほ先生っていうねんけどさ。聞いてみたら、頭の中を手術したらそれなくなるんやって。」

「ふうん、そうなん?」

「…でもさ、頭手術するときに入院しなあかんねん。それと、髪の毛をぜーんぶ丸刈りにしなあかんねん。」

「………。」

まおにわかる訳ないよ。
こんなに髪の毛がくるくる巻き毛で、ヘアゴムやカチューシャやヘアピンで毎日可愛くしてるのに、丸刈りなんて…
やっぱり手術やめよう。


「…うん、頑張るわ。髪の毛はまた伸びるし。」


まおが明るい声で言いました。
こんな悲しい決断を、こんな明るく言うなんて。
私はなんでこんな身体に産んでしまったんやろう。
まおに申し訳ない。


到着したタクシーに乗り込んだ私たちを見て、運転手さんが言いました。

「もしかして、東保さんとこでお子さんの病気診てもらったん?」

「…はい」

「そしたら大丈夫や。あそこの先生は一流やから。全国から患者さんが来てるんやで。」


そうなんや。
一流なんや。
私は母親として、三流いやそれ以下や…。

池田から帰る呉服橋を渡る途中、すぐ近くを阪急電車が通ります。もう陽が傾き始め、夜が始まろうとしていました。

「まお、電車やで。」

「ホンマや!ばいばーい、ばいばーい、ばいばーい」

タクシーの窓から電車に手を振るまお。私も一緒に電車に手を振りました。

あの電車に乗って、どこかに逃げてしまいたい。
でもどこに?
どこに逃げたら、まおの病気はなくなるの?


この日から今日まで、何万回そう思ったかわかりません。

続きます。
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